2008-08-05

ハリポタ著者、信仰を語る:Major Mak's Diaryより

Major Mak's Diary: ハリポタ著者、信仰を語る(記事全文はリンク先でどうぞ)
最終刊『ハリーポッターと死の秘宝』が日本でも翻訳出版されている著者J.K.ローリングス女史が、自らのキリスト教信仰を語った。イギリスのデイリーテレグラフ紙が昨年10月に伝えた。

ハリポタにキリスト教的テーマがあるかないか、という問題は、第一巻の刊行以来絶え間なく議論されて来たが、著者は一貫して沈黙を守って来た。今回、その沈黙の理由も明らかとなった。「キリスト教的テーマがあると答えるとネタばれになるから」つまり、自己犠牲、死と復活により悪が打ち破られ、先に死んでいた家族や友人たちがよみがえる、というのがキリスト教だが、最終刊のテーマは、そのものずばりだったわけである。


「わたしにとっては、宗教的テーマと平行しているのは、自明のことです。でも、それをはっきり語りたくありませんでした。物語の結末ばかり知りたがる人たちに、明かしてしまうことになるからです」


『・・その一方、本にはオカルト的な内容があるゆえ悪魔的だとする人たちもおり、教皇ベネディクト16世は、キリスト者の青年を堕落させる「非常に手の込んだ誘惑だ」と評した。』

フクイン派もそうでしたね・・。
かくいう私も途中からそうでした。反省します。

でも良かった。
テレグラフ紙は伝えていないが、母子家庭で小さい子どもの養育に追われていた著者が、コーヒーショップのテーブルでハリポタの原稿を書き上げることが出来たのは、「あなたには自分自身の時間が必要よ」と言って子どもを預かり世話をしてくれた教会仲間の老婦人の存在があったからだという。

こういうエピソードも心温まるしとても嬉しく読みました。

4 件のコメント:

まるがりた さんのコメント...

鹿子さん
こんにちは。
お久しぶりです。

>かくいう私も途中からそうでした。反省します。

実は、私もそうでして・・・・。
子どもたちに読ませるのがイヤになり、
前作くらいから買わなくなってしまったのです。

信仰、おありだったのですねぇ。教会にも通われていたんですね・・・。
う~~ん、反省です。
しかも、最近では、長男と次男も大きくなり、自分で本を好き勝手に選びますから、あまり好ましくないと思われる本もかなり読みます・・・・ハリポタ読ませない意味もなくなってしまいました。

続き、読みます、ハリポタ・・・。

谷川鹿子 さんのコメント...

いやぁ、私もねはじめの頃は興味もあって原書とか購入しちゃったのですが、魔術的な単語を一個一個調べているうちに嫌になっちゃったんですよね。
そうこうしているううちに、「アレはオカルト的で子どもに読ませるのは危険だ」というようなことが言われだし・・、「あ、やっぱり?」みたいに思っちゃったんですね。

ただ、私は最終話を読んでいないので、読んでみなくちゃ・・とは思っています。

サタンは巧妙ですし、やはり自分で読んでどうなのか?というところは大切にするべきだと・・その辺りを非常に反省させられたのです。

まるがりたさん、お読みになったら感想をお聞かせ頂けると嬉しいです。
わたしは図書館で借りると思うので(というのは、娘はまだ読み出す年齢になっていないから・・というのもあります)予約やなにかで時間がかかるでしょうから。

まるがりたさんは、こういうことに関してのレスポンスが早いですね。
そして、物事を一方向からだけ捉えずいつも柔らかく柔軟性がある方だなぁと、(今までも感じていましたが)あらためて思わせられました。
コメント、ありがとう!感謝です^^

はちこ さんのコメント...

少佐のこの記事、私も興味深く読ませていただいていました。
私は、ハリーポッターの話を最初に聞いたのが、キリスト教系のメディアで(ドブソン博士のフォーカスオンザファミリーですが)、これはオカルトだから危険!というメッセージだったんですよね。で、教会でも当然だめ!という雰囲気一色でしたし…

子供たちには、お母さんはハリーポッターにはあまり興味が持てないし、あなたたちに読んで欲しいとも思わないけど、読みたいならよく考えながら読みなさい、と言っていました。子供たちも特にはまるわけでもなく、それでも友達との話題についていくためにちょこちょこ読んでいたようでした。私が好んでいないことをわかっていましたから、熱心に読むには多分抵抗があったのでしょう。

そしたら、少佐の記事を読む前日、娘たちと話していたら、今度教会の高校生礼拝でハリーポッターに関するメッセージシリーズが始まるというではないですか! これから始まるとのことなので、どういう流れになるかちょっとわからないですが、少佐の記事を読み、なるほど、とすれば、これまでキリスト教界では「禁書」的扱いだったけれど、あらためて内容を検証し直してみよう、ということではないかと想像しています。

テレグラフの元記事も読んでみましたが、著者は必ずしも熱心な信者としてキリスト教的価値観を読者に伝えようとしているわけではなく、本人自身、上がったり下がったりを繰り返す、いわば私たちと同じような悩み多きクリスチャンなのですね。確固たるキリスト教信仰の上に立って本書を執筆した、というわけでもなさそうで、著者がクリスチャンだったから、ハリポタもキリスト教的モラルがある、とすぐに言えるものでもないのだろうという印象を受けました。

まるがりたさんの、
>しかも、最近では、長男と次男も大きくなり、自分で本を好き勝手に選びますから、あまり好ましくないと思われる本もかなり読みます・・・・ハリポタ読ませない意味もなくなってしまいました。

うちもまったく同じです! ハリポタはわが家でも準禁書扱いでしたが、それ以外の本は、セキュラーなスリラーでもラブストーリーでも、子供たちは自分で選んで読んでいました。ハリポタだけ制限して、あとはほったらかしだったとは、思えば親として、随分いい加減な指導だったと恥ずかしく思います…

このあたりのこともねぇ、娘たちといろいろ話たんですよ、先日。いろいろお分ちしたいのですが、書くのもまどろっこしく… ああ、会ってお話したい!

谷川鹿子 さんのコメント...

はちこさん、コメントありがとうございます。
bloggerの不具合みたいで、今日はコメント表示がTopに反映されなくなっていてすみません!

FFは早い頃から警告していた気がします。多分、そのころは日本の教会(福音派でも)ではかなり「のほほぉーん」としていた様な気もします・・。

はちこさんの教会の高校生礼拝でハリーポッターに関するメッセージシリーズが始まるというの、とても興味があります!
もし良かったら、シェアして下さいね〜!

>>
確固たるキリスト教信仰の上に立って本書を執筆した、というわけでもなさそうで、著者がクリスチャンだったから、ハリポタもキリスト教的モラルがある、とすぐに言えるものでもないのだろうという印象を受けました。
<<

そうですね。
ルイスのような信仰の土台があって、なおかつ信念をもって書き進んだのではないのだろうなぁという感じは、私も受けました。

とはいえ、書き進むに連れてローリングさんの中で何かが変わったのなら、
(ハリポタ読者の一部には「ありがちな陳腐な結末」という感想もある様ですが・・。そういう評も受けるであろうと予測はしていたのでしょうから、それでもキリストにあって結末を書き綴ったのだったら)それは素晴らしい事ですよね^^

はちこさんのお宅で、お嬢さんたちと交わされたお話のことなども、とても興味があります。本当に、お話したいですねぇ!!