2009-01-08

今週はこんなことを心にとめながら祈ってみましょう

ああ、今週のも良かったんだなぁ・・
聖イグナチオ教会「祈りの場」(太字は鹿子による)

1月4日〜10日

 マタイ福音書15章21節に登場するカナンの女は、祈りの予期しない模範であり、彼女は議論し主張します。創世記と出エジプト記が、神と討論するアブラハムとモーセを描いているように、このカナンの女は、神と討論する者として最初に聖書に書かれているものではありません。カナンの女は、討論ではイエスを罠に落とし入れようと試みた法律家たちとは異なっていて、彼女は娘のことを請い求めています。最初にイエスは、何も答えません。苦しさの中で諦めることは、彼女にとって簡単なことだったでしょう。彼女は三重苦の障害を持っています。つまり、男たちの世界の中で婦人として孤独であり、異邦人であり、それゆえ汚れています。そして、娘のことで悩んでいます。しかし、イエスの沈黙にもかかわらず、彼女はイエスを信頼し、イエスに熱心にせがみ、そして論議でイエスを負かします。彼女に対するイエスの答えには、じらすようなユーモアがあります。イエスは、セム族系の言葉による押しの強さと反撃を楽しんでいます。イエスの最初の答えは、「与えるものがない」という祈りの中で、度々体験することです。しかし、子どものために健康を求める母親は、簡単には思い留まらず、イエスは彼女の根気強さに報います。私は、カナンの女を祝福しながら、微笑んでいるイエスを想像します。



主よ、私はこのことを忘れてはいけないと思います。私が、何か望んでうまく行かない時、あなたを追い続けるでしょう。あなたの沈黙によって、私は決して挫けないようにと願います。


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