ちょっと取り急ぎmemo(って、こういうblogなのでweb*memoと命名しておりんす)
この記事のコメント欄を読んでいて思い出したことをつらつら書こうと思いました。またしても、藤掛先生んとこ&はちこさんがらみネタです(汗
で、以下↓は投稿しなかった幻のコメント(笑。
はちこさんの書き込みを見て、ふと思い出したのですが、あの話(グレーエリアで働かれる神)のきっかけは、4-5年前の百万人の福音の中の、たしか五月病に関する記事中イラストで「わたしのワードローブには黒と白しか無かったわー」とため息をつく女性、その横で「グレーも着こなせるようになると気持ちが楽になるよ(幅が広がるよだったかもしれません)」とグレーのセーターに袖を通している男性。いう感じのものがあって、それが印象的でよく思い出してはいろいろ考えさせられていたんですよね。
(余談ですが、私の場合、実際にほぼそいうワードローブだけの時期もありましたし/苦笑)
で、ちょっとそのことをお話ししたら、こんなふう(グレーエリアに働かれる神様)に話が展開していったような・・。
そして多分、その後「不完全なまま召されているわたしたち」ということを思わせられたりしていったんですねぇ。
と、ここで回想してどうする・・し、失礼致しましたぁ・・(ーー;
というわけで、自分のblogネタにしますた(そのわりにまとまりがない/大汗)。
あの頃、「グレー」に関して、何かよい呼び方(名称)をつけられないのかと、いろいろ考えたりもしていたんですよね。
グレーって、やっぱり「ホワイト」では無いわけで・・。どっちなんだ?と問うたならばそれは「ブラック」に近い気がするというより「歴然とホワイトでは無い」のです。そこいら辺りも実はちょっとひっかかりつつお話しさせて頂いていたかな・・。
でも、他に的確な言い方が思いつかなかったし、考え得ていくうちに「そのブラックに近い」というところだからこそ、主がお働きになるのでは?なんても思わせられ・・。
人と分つ中で、神様は語ってくれることがありますね。
そして、それは時に非常に興味深く・・、まさに
「相互作用」というのは、私のAという考えと、あなたのBという考えがあるとすると、その場でA+Bの状態になることではない。私がAという考えを話したら、あなたがそれに触発を受けて、A’というアイデアを思いつき、私もあなたのBという意見に、便乗してB’という意見を言ってみる、そのような状態である。そこには二人が会うまでになかった別の物(別の「考え」A’やB’)が生まれるし、時にさらに異質のCという第三のアイデアに進んでいくこともあるのである。
「3章5話「相互作用性に生きる」より
あ!あの記事のすぐ後に藤掛先生の「頑張るという生き方」という記事があったんですね。
(と、バックナンバーを探してきた鹿ちゃん)そっかー、グレーエリアってのも、「あれ?あれって藤掛先生がそれっぽいことを書いていらしたような」という記憶があったのはこういう訳だったのか・・納得。
ああー、「捨てる!技術」に猛烈に反論していた立花隆氏をちと思い出しますなぁ。捨てていたら、この面白みは味わえなかった・・。まぁ、その分、部屋はすっきりしていたのでしょうが。
そして、記憶は結構ビジュアルに助けられて(助け?ってな表現が適切かどうかは微妙)ますですな。
と、とりあえずここまでタイプしてup!
追記:「秘密と嘘(Secrets & Lies/96年マイク・リー監督)」という映画も思い出しました(訪ねてくる黒人の娘がいつも素敵な黒い服を着ている)。(これは大きい収穫かも)
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