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2012-12-26

DraftPad と瞬間日記で「祈メモ」するだよ〜


軽いタイトルで始めましたが、これはとても便利であり、iPhone&iPadユーザの霊的なお役に立つものと信じます。

iPhone、iPadユーザにはお馴染みの人気アプリ「DraftPad(ドラフトパッド)」
今更、私が紹介するまでもないのですが・・・

DraftPad | The Modeless Notepad for iPhone, iPod touch, and iPad.
使い方に関して、もっと詳しく知りたい場合は、Googleで検索して下さい(じゃんじゃが良記事がヒットしてきます)。
起動が早くて、いろんなアプリへの橋渡し機能がたくさんあって、もう、ホントに便利です。
以下は、iTunesのアプリ紹介文章とわたしのスクショでございます。

DraftPad はシンプルなノートパッドで、1枚の紙のようなものです。メール作成、ブログの執筆、Google 検索、ツイート、その他あらゆる文章入力作業のための下書きをするのに最適です。
DraftPad を使うと次のことができます- プレーンな入力領域でシンプルに文章の読み書きができます。複雑な機能や視覚的な混乱はありません。- 編集中にスクリーン左上のボタン押すと表示されるアシストリストから項目を選ぶことで、Eメール、メッセージ、Google、Twitter、Facebook、マップ、カレンダー、さらに多くの他アプリもしくはウェブサービスにテキストを受け渡すことができます。アシストリストはカスタマイズすることができます。- ヒストリーリストから過去のテキストを復帰させることができます。ヒストリーリストは閲覧中にスクリーン左上のボタンを押すと開きます。- 閲覧中に右上のボタンをタップすることで、フォントサイズを変更できます。- タイトルバーをタップすることで、単語数(欧文)、文字数、行数のカウンターを見ることができます。- DraftPad は毎分自動的にテキストをバックアップするので、不慮のクラッシュでテキストを失う心配がほとんどありません。

さて、そのアシスト機能ですが、簡単に言うとテキストをいろいろなアプリにささっと素早く送ることが出来るんですね(コピペしたり、アプリの立ち上がりを待ったりするのって、意外とイライラしませんか?)。
そしてこのアシスト機能はたくさん提供されていて、ご自分の好きなものを入れて、順番なども好きに並べ替えることができます。

そして、「瞬間日記」(注:iTunesが開きます)ですが、これもずっと大人気の無料アプリですね。これまた、今更ご紹介・・というのも何なのですが、使い勝手も良く、安定しています。
「メモしたい!」と思った時に、Draftpadに即メモ。そしてアシスト機能から「瞬間日記」に送ったり(もちろん、あのEvernoteに送ったりも)できます。

「瞬間日記」はパスワードを掛けることができますので、心の思いを正直に綴るのに安心感があります。
(注意:パスワードを忘れると、もうログインできませんので気をつけて下さい)
瞬間日記アプリを立ち上げて、「さぁ、書くぞ」というと、意外と気負いすぎて書けない・・という私のようなへなちょこさんには大助かり。

一日に何度でも書くことができますし、後日に編集することも可能です。ある程度の検索も出来ます。(また、交換日記モードにすることにより、iPhoneとiPadから同じ日記を更新するともできるのが個人的に気に入っています)
*「瞬間日記」へのアシストは、アシストライブラリーにある、Create Note in MomentDiaryAppをインポートしてください。(私は、名前を変えて登録してあるだけで、同じものです)

基本的には、「祈りの日記」なので、あるていど続けると、少なからず「祈り」に対しての神様のお働きがわかってくることもあり、とても励まされます。
何度か読み返したいデボーション用のテキストも入れたりして、そこにその時の具体的で率直な感想を書いたりもしています。

と、言うわけで、Draftpadは、ホーム画面で重要アプリのポジションに収まっているわけです。
え?「瞬間日記」は見当たらない?・・はい。アシスト機能から書き込むので、見当たらなくて良いのです。
・・それに・・は・恥ずかしいじゃないですか・・(^^;


魂のデトックス

Youversionという、聖書アプリから提供されている「魂のデトックス」という、5週間の通読プランをはじめました。


【1日目】
デボーションの手引き:頭の中でどんな事を考えるかは重要な問題です。どんな事を考えるかが、どんな人間になるかを左右するからです。残念なことに、神様の真実に考えを集中するのではなく、有毒な思考の虜となってしまうことが多々あります。今週は、有毒な思考の危険性と、有毒な思考を神様の真実に置き換える方法について神様の御言葉から学びます。

有毒な思考が自分の人生や、人間関係にどんな悪影響を与えてきましたか?
◎この日の通読箇所:箴言4:1〜27


【2日目】
デボーションの手引き:有毒な思考と戦うには、有毒な思考を自覚し拒絶しなければなりません。コリント人への第二の手紙10章に書かれているように、自分自身の中の有毒な思考との戦いは他の戦いとは比べ物になりません。肉体的な戦いではなく、神様からの助けを必要とする霊的な戦いなのです。

あなたの人生に有毒な思考をもたらす原因は何ですか?
◎この日の通読箇所:2コリント10:1〜6,エペソ6:10〜20



こんな感じです。(iPhoneやiPad、Androidなどのスマホ、パソコンと連携しています)
今日は4日目。
メート機能を使ってメモをとっていくのも助けになります。
苦しいことも多々あるでしょうが、今は5週間の旅を楽しみにしています。

iPhoneから送信

2010-12-19

洗礼志願者の祈り

神よ
わたしに勇気と謙虚を与えてください。
あなたの民の一人となるわたしに、いつくしみを注いでください。
わたしの心を、主イエス・キリストとともに新たに生かし
あなたの愛の息吹きである聖霊によって、うるおしてください。
今、洗礼の日を心待ちにしながら、信頼をこめてあなたに讃美と感謝をささげます。
主キリストによって、アーメン

(「祈りの友」カルメル修道会編より:注・鹿子により一部を少し変えてあります)


鹿が谷川の水を慕ってあえぐように
わたしの魂はあなたを慕ってあえぐ
わたしの魂は神を
生ける神を渇き求める
行って、み前に出られるのはいつの日か
わたしの魂よ、なぜうちしおれるのか
なぜ、ため息をつくのか
神を待ち望め

(詩篇42)

2010-09-21

今週の聖言

この半年くらい、朝は教会で与えられている「今週の聖言」を読んで祈っています。
今朝の箇所(有名な「ヤベツの祈り」ですね)を読み、「あなたが小学校に入学する頃に与えられたみ言葉なのよ」と話し、娘と感謝しました。まだまだ短い間ですが、これまでのいろいろあったこと・・そのなかでの主の守りを思わせられました。
そして卒業の時にも、主のなさって下さったことを心から感謝できるようにと、祈りました。
ウチの娘って、私に似てへなちょこ道まっしぐら系なんですが、それでも彼女なりに主に信頼しているところがあるんですよね(親ばか、すみません)そういうところが垣間見え(いや、見させて頂くと、ですね)婆母はとても励まされるのです。


(月) 創世記 49:25~26
あなたを助けようとされる
あなたの父の神により、また、
あなたを祝福しようとされる
全能者によって。
その祝福は上よりの天の祝福、
下に横たわる大いなる水の祝福、
乳房と胎の祝福。
あなたの父の祝福は、
私の親たちの祝福にまさり、
永遠の丘のきわみにまで及ぶ。
これらがヨセフのかしらの上にあり、
その兄弟たちから選び出された者の
頭上にあるように。


(火) Ⅰ歴代誌 4:10
ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」そこで神は彼の願ったことをかなえられた。


(水) 詩篇 21:3
あなたは彼を迎えてすばらしい祝福を与え、
彼のかしらに純金の冠を置かれます。


(木) 箴言 10:22
主の祝福そのものが人を富ませ、

人の苦労は何もそれに加えない。


(金) イザヤ書 61:6~7
しかし、あなたがたは主の祭司ととなえられ、

われわれの神に仕える者と呼ばれる。
あなたがたは国々の力を食い尽くし、
その富を誇る。
あなたがたは恥に代えて、二倍のものを受ける。
人々は侮辱に代えて、その分け前に喜び歌う。
それゆえ、その国で二倍のものを所有し、
とこしえの喜びが彼らのものとなる。


(土) イザヤ書 65:16
この世にあって祝福される者は、

まことの神によって祝福され、
この世にあって誓う者は、
まことの神によって誓う。
先の苦難は忘れられ、
わたしの目から隠されるからだ。


(日) マラキ書 3:10
十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、

わたしの家の食物とせよ。
こうしてわたしをためしてみよ。
──万軍の主は仰せられる──
わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、
あふれるばかりの祝福を
あなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。

2010-03-29

子鹿の信仰告白

子鹿の信仰告白

ついにこの日が・・とも思うが、あまり興奮や熱い?激しいような思いというものはなく、なんとも平安というのがいい得ているのかなと思う。
また、だからこそ、やはり時期だったのかな・・との納得が与えられた。

夕べ、寝る前の祈りをおえた後「おかぁさん、実はね・・」と話しだした。
少し前の私だったら、大喜び&大騒ぎで、すぐに聖書を開き、祈ったと思うのだが、「それは、大切な事だから、祈りながら今夜は寝なさい。明日になって、その気持ちが変わらないようだったら、もう一度、落ち着いてお母さんに説明してみて。聖書を読んで、きちんと確かめて、一緒にお祈りしようね」と答えて就寝。

今朝、朝の祈りとみことばの時間の後、朝食をすませると、話したくてたまらない様子だったので、CEFのワンダーブック を手にしながら、話を聞き、福音を語って確認。

ワンダーブックは、二年くらい前にも使って学んだでいたが、その頃は「イエスさまは大好き!でも、罪ってわたしにもあるの?それがわからない」ということで、一時、中断し保留にしていたもの。
今回は話していて、彼女なりに本当に良く分かって、主に感謝している事を示され、「成長させて下さるのはただ主なのだな」・・と、こころから実感、感謝。

実は、昨年(2009)の十月にあったJoyJoyキッズフェステバルで西村希望先生のメッセージ中に、娘は突然「私の事なんて、イエス様は、きっと嫌いだよ・・。私には悪いところがいっぱいあるの・・」と泣き出したので、その後でハグして福音を語りお祈りはしていたものの、娘は救いの確信は得られず、その後もフォローアップする機会を掴めずにいたのだ。

娘は今朝の話の中で、ヨハネの福音書14:6
「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。
わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」
のみ言葉が心に響いたらしく、赤線を引き、それを何度も書いている。

本当に、そのとおりだと、静かに今、思う。
この子を授かって、どんなに祈り主イエスの話をして来ただろう・・。
しかし、今思えばそれは傍目にはずいぶん滑稽だったのではないだろうかとも思う。

今、隣で「ミラクルメーカー」のDVDを観ながら(もう何年も前から何度も観ているのだが)
「すごい!やっぱり、イエス様ってすごいね!今日はイエス様を本当に信じた日だから、とってもよくわかるよ!」
「嬉しくてたまらない!」
と興奮している娘を、嬉しく思いつつも、なんとも冷静で平安な自分にまたしても驚く。
そして本当に、神様が働いて下さらなければ、人はイエスを信じ告白する事はできないのだなぁ・・と、しみじみと感じている。


聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』と言うことができない」(Ⅰコリント人への手紙12:3)

「もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者たちの中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるのです。なぜなら、心で信じ て義に至り、口で告白して救いに至るからです」(ローマ人への手紙10:9、10)

「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。
わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。」  (ヨハネの福音書 14:27)


これからの歩みも、決して平坦ではないと思う。
けれども、受難週という特別な週に、娘に信仰を告白させて下さった愛と恵みと憐れみを、私たちは決して忘れまい・・と感謝し祈るものです。

(とり急ぎ、感謝してメモ。また後で加筆するかもしれません)

2010-01-01

早めでごめんなさい:寒中お見舞い申し上げます

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、実は昨年、鹿子の父が亡くなりました。


blogで喪中です。というのもなんですが、父の死ということは、大切にしたいと思うのです。

そんなわけで、勝手ながら「アケオメ〜!」はちょっと遠慮させてください。

また、寒中お見舞い(*)を早々と掲載する失礼をお許し下さい(喪中ハガキを掲載するのもなんですし・・、テキストだけでもサビシいので/笑)。

皆様の上に、いつも変わりなき主の祝福が豊かでありますように・・お祈りさせて頂きます。


*注・・寒中見舞いは、せっかく娘宛てに年賀状を下さる同級生への返信の為に急遽制作したものです。私たちは欠礼状を昨年末に送付させて頂いています。

2009-12-01

おさなごのように

見ているものってなあに?
聞いているものってなあに?

この間話した、エリヤさんだって、もうすっっごーっくイエス様を見たかったんだよー、あってお話を聞きたかったの。

子鹿は、イエス様が来て下さった事,知ってるね。
何をして下さったか知ってるね。

あんなにまでして下さったイエス様が、今日、守ってくれないはずがないじゃない。
大丈夫、大丈夫なんだよ。

偉い先生達は、イエスさまだってわからなかったけれど、こどもたちや、こどものようなひとたちは「すごーい!」って素直に信じたでしょう?

イエス様は子どもが大好きだよ^^

2009年12月 1日(火) 待降節第1週 第2周年
ルカによる福音 (ルカ10・21-24)

 そのとき、イエスは聖霊によって喜びにあふれて言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子(おさなご)のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これは御心(みこころ)に適(かな)うことでした。すべてのことは、父からわたしに任せられています。父のほかに、子がどういう者であるかを知る者はなく、父がどういう方であるかを知る者は、子と、子が示そうと思う者のほかには、だれもいません。」それから、イエスは弟子たちの方を振り向いて、彼らだけに言われた。「あなたがたの見ているものを見る目は幸いだ。言っておくが、多くの預言者や王たちは、あなたがたが見ているものを見たかったが、見ることができず、あなたがたが聞いているものを聞きたかったが、聞けなかったのである。」


祈りのヒント

私たちの目が
開かれた時、
イエスは抑えきれないほどの
喜びを感じられる。
神の道具として派遣され、
主が見せる業に
目が開かれた時、
喜びにあふれて、
特別なものとして
私たちに語りかける。

イエスは、
私たちが父である神を知る
ただそのことのために
来てくださった。

毎日の祈りより

2009-11-30

「はい、いえすさま、はい」

今朝は、娘の大好きなペテロが出て来る箇所なので、にこにこである。

私「ペテロもアンデレも、はい!って、すぐに、ついていったんだよ。凄いねー」
娘「うん!あ、『はい。いえすさま、はい。』だね!」

ああ、相変わらず素直な娘よ・・
しかし
「体育が苦手でも頑張るんだよ」と促すと、うなだれていた。

ま、ちょっとづつ行こう!あなたは高価で尊いんだから^^
おかあさんも、体育は苦手だったのだけれど、中学になったら陸上部で選手になったりもしたよ(笑)いろいろあるんだよ。いろいろね。神様はいろんなものを用意して待っていて下さるから、楽しみに、祈って行こうね!

信仰深くても、弱さと傾きに満ちていても。
「私について来なさい。」と呼ばれる。



そうなんだよね。
ほんと、そうなんだよね・・


マタイによる福音 (マタイ4・18-22)

  イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのを御覧になった。彼 らは漁師だった。イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。そこから進んで、別の二人の 兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、父親のゼベダイと一緒に、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、彼らをお呼びになった。この二人 もすぐに、舟と父親とを残してイエスに従った。

祈りのヒント
イエスは私たちを呼ばれる。
外で活躍する人も、家で慎ましく働く人も。
イエスは私たちを呼ばれる。
信仰深くても、弱さと傾きに満ちていても。
「私について来なさい。」と呼ばれる。
今、
握りしめている何かを捨て、従うかどうか私に問われている。
毎日の祈りより

2009-11-20

宮きよめ

今朝は、「宮きよめ」の箇所。
「宮きよめっておぼえてる?」というと、暫く考えて「イエス様が、教会で怒っちゃったときのこと?」というので、少しホッとする私。
ただ、どうして怒ったのかはあまり覚えていなかったようだった。

「いまは、教会に生け贄の動物を持って行く必要がないのはどうしてだと思う?」
「うーん、うーん、時代が変わったから?」
「(;。;)そうかなぁ?罪を赦してもらうために、もう生け贄はいらないっていうことなんだけれど・・」
「あ!イエス様が生け贄になってくれたからだね!」
「うん^^(あぁー、良かったー、わかっていてくれて)」

今朝の「祈りのヒント」はわたしにも新鮮だったので、「モノを売る心」というのを少しお互いに考えてみた。もちろん、仕事として正しく商売するのは良い訳で、そこを説明しつつ、反省点を探るというのは、まだ娘には難しかった様だ(って、アタシもだが/汗)。
「分け隔てなく、お友達と接する(どのお友達にも優しくする)ことが出来ます様に」と祈る。母も同じです。母は特に身近な人々とのことに心を砕けます様にと祈り。

[夢中になってイエスの話に聞き入っていた]というところも、とても印象的。娘もこの箇所で、笑顔になった。



ルカによる福音 (ルカ19・45-48)

そのとき、イエスは神殿の境内(けいだい)に入り、そこで商売をしていた人々を追い出し始めて、彼らに言われた。「こう書いてある。
『わたしの家は、祈りの家でなければならない。』
ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にした。」
毎日、イエスは境内で教えておられた。祭司長、律法学者、民の指導者たちは、イエスを殺そうと謀(はか)ったが、どうすることもできなかった。民衆が皆、夢中になってイエスの話に聞き入っていたからである。

祈りのヒント 
商売をするのは売る人と買う人がいることです。
しかし、イエスは買う人については何も言いません。
売る人の目的と買う人の目的は異なります。
私たちも物を売る人の心で教会に通っていないか、心を見てみましょう。

(毎日の祈り2009/11/20より)

2009-11-19

実はこの方も・・♬→「ユキンコの手づくり生活」(blog)


最近,鹿ってば「百万人の福音」立ち読みすらしていなかった・・ゆるして「ひゃくふく様(ん?なんかこう略しちゃうとクリ系ぢゃないっぽいね/汗&笑)」

実は、今日、とあることから12月号を頂きまして・・ぱらりぱらりとページを繰っていると、「あれ?こ・これは?この作品の感じは、手芸デザイナーのユキンコさんでは?」と思い、帰宅して、検索してみると・・Wow
まさか、このユキンコさんが、本当にあのフェリシモのクチュリエとかで活躍されている、ユキンコさん(ご本人)だったなんて!!
クリスチャンだったなんて、う・嬉しすぎーーーーーーー!!!と「クチュリエの種」大好きな子鹿と大騒ぎ♬
知らなかったなんて、鹿、一生の不覚といえそう・・って、知っていたからってどうなのよ・・という突っ込みは無しでひとつ・・。
どうも、7月号から「ユキンコのあの人にあげたい手作り雑貨」新連載されていたらしいのだ(しかも7月号なんて聖書カバーでごじゃるよ)!!
これからは、絶対、この連載を見逃さないぜ!

OCCとかでニット系のクリイベント(まぁ、そのぉ、ニットカフェ系やわらかゆるゆるアウトリーチとかさぁ)やらないかなぁ・・。もう,マジで真剣に祈ろうと思ってる、アタシ。

hand*made大好きなクリ樣方、一緒に祈りませう〜!


そうそう、こんな素敵なblogもお持ちなのですよぉ→ユキンコの手づくり生活(画像も参照下さい)

ケーキを焼く事?

今日の箇所も難しいかな・・。説明するのに祈る。
聖書を開いて、この箇所の前「ホサナ!ホサナ」と喜んだ群衆の様子等のところから始めた。
エルサレムにいたラビ/先生たちはこの後、イエス様にどんなふうにしたか?聞いてみると・・
「助けてあげた」と、にっこり答える娘(ーー;
ちょっと変わった切り口で語ると分からなくなってしまうのかな・・、ということは、まだしっかり理解出来ていないのだなぁ。
まぁ、こういうときは十字架について話せるよい機会でもある訳で、あんまりがっかりせずに、上手に切り返さなくちゃね(こういう余裕やヒントが生まれたのも、CS奉仕のおかげかもしれない)。
そして、「十字架につけろ」といった人たちの事も、イエス様は赦して下さったことを話すと、驚いていた。心の中で、「だから、あなたも赦されているよ」と祈る。
最後の質問(私個人に頼むことは何でしょうか?)には、「ケーキを焼いて欲しいと思ってるんじゃないかなぁ」との答え・・・orz
や・・やりがいがありますぜぃ。
私は主人のこと、家の事、にもっと眼を向けること。教会の事はこれ以上悩まずもう委ねる事。

ルカによる福音 (ルカ19・41-44)
エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて、言われた。「もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……。しか し今 は、それがお前には見えない。やがて時が来て、敵が周りに堡塁(ほうるい)を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、お前とそこにいるお前の子らを地に たたきつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。それは、神の訪れてくださる時をわきまえなかったからである。」

祈りのヒント
イエスが泣く理由を考えて見ましょう。
神が涙を流しながら私たちに願うのは何故でしょうか。
私個人に頼むことは何でしょうか。
私たちが神に願うことと、神が我々に願うことの差がありますか。
それが同じだったら幸いでしょう。
(毎日の祈り 2009/11/19)

2009-11-18

恐れに負けないのは、 ごく単純な考えから

さて、今朝はルカ19・11-28・・・。はぅ、いきなり難しいところですぞ。けれども、この箇所ってあまり構えたり、考え過ぎたりする必要は無いのかもしれないなぁ。「おさな子の様に」という言葉をかみしめる。
「祈りのヒント」によって助けられ導かれつつ娘と話せました。感謝します。
「こわい」って思って、そのままだまってしまったりあきらめないで、まずは「イエス様、たすけて下さい」ってお祈りしてごらん。(*娘は今、先生や友だちに上手く自分の気持ちを伝えられなくて苦しんでいます)
この「しもべ」も、「こわい」って思って何もしなかったでしょう?
もしかしたら、何も出来ないかもしれないけれど、イエスさまを信じてお祈りすることができたら、それだけでもいいじゃない。おかぁさんは、そう思うよ(それに、実はこのおはなしのご主人さまはイエス様のことなんだよ)。
イエス様は、ご自分を信じて祈っている、こどもを、うぅうーんと可愛いと思われるのよ。

<


ルカによる福音(ルカ19・11-28)
そのとき、イエスは一つのたとえを話された。エルサレムに近づいておられ、それに、人々が神の国はすぐにも現れるものと思ってい たからである。イエスは言 われた。「ある立派な家柄の人が、王の位を受けて帰るために、遠い国へ旅立つことになった。そこで彼は、十人の僕(しもべ)を呼んで十ムナの金(かね)を 渡し、『わたしが帰って来るまで、これで商売をしなさい』と言った。しかし、国民は彼を憎んでいたので、後から使者を送り、『我々はこの人を王にいただき たくない』と言わせた。さて、彼は王の位を受けて帰って来ると、金を渡しておいた僕を呼んで来させ、どれだけ利益を上げたかを知ろうとした。最初の者が進 み出て、『御主人様、あなたの一ムナで十ムナもうけました』と言った。主人は言った。『良い僕だ。よくやった。お前はごく小さな事に忠実だったから、十の 町の支配権を授けよう。』 二番目の者が来て、『御主人様、あなたの一ムナで五ムナ稼ぎました』と言った。主人は、『お前は五つの町を治めよ』と言った。また、ほかの者が来て言っ た。『御主人様、これがあなたの一ムナです。布に包んでしまっておきました。あなたは預けないものも取り立て、蒔(ま)かないものも刈り取られる厳しい方 なので、恐ろしかったのです。』 主人は言った。『悪い僕だ。その言葉のゆえにお前を裁こう。わたしが預けなかったものも取り立て、蒔かなかったものも刈り取る厳しい人間だと知っていたの か。ではなぜ、わたしの金を銀行に預けなかったのか。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きでそれを受け取れたのに。』そして、そばに立っていた人々 に言った。『その一ムナをこの男から取り上げて、十ムナ持っている者に与えよ。』僕たちが、『御主人様、あの人は既(すで)に十ムナ持っています』と言う と、主人は言った。『言っておくが、だれでも持っている人は、更(さら)に与えられるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられる。ところ で、わたしが王になるのを望まなかったあの敵どもを、ここに引き出して、わたしの目の前で打ち殺せ。』」
イエスはこのように話してから、先に立って進み、エルサレムに上って行かれた。

祈りのヒント
私たちは恐れがある時、計画通りに行かない場合が多くあります。
福音の中の,一ムナを渡された僕は、恐れの中で自分の能力を発揮することが出来ませんでした。
恐れに負けないのは、ごく単純な考えから始まることかもしれません。

(毎日の祈り 2009/11/18)

2009-11-17

littleprayer

 今朝から、子鹿と「毎日の祈り」を使ってデボーションをすることにした。

今までは、おもに「イエスさまはいつもいっしょ」(幼稚園児代から使用)やCS成長ワークの後ろにある毎日の聖書(CSでのメッセージ箇所がカリキュラムどおりでないので違和感が出て来た)を使っていたが、母と同じものを使ってみたいとのことで。
ちょうど、ザアカイさんのところで親しみや馴染みもあり、始めやすくて感謝。
娘は「イエスとの出会いに足りないのは何でしょうか」の問いに
「お祈りかなぁ」とのこと(先月、超教派のキッズフェスティバルでメッセージの後で「イエス様はわたしのことなんか赦してくれないよ、きっと」と泣 いてしまい、母が短く福音を語って祈ったけれど、「イエスさまのことはだいすきだけど、なぜ、しんじただけでわたしがゆるされるの?」とまだまだ不安な状 態)。
私は、謙遜と寄り添う心かな。そしてそれはやはり愛によって溢れさせて頂きたい。
「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。 人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」
救いはイエス様ご自身だし、ザアカイの行いは受けた愛の喜びから自然に溢れ出た行いだ。
ザアカイはもうたまらなくなって、施したこと。
主よ、私は恐れから自分のことで一杯一杯になりがちですが、いつも歴然と溢れているあなたの愛に敏感にして下さい。暗い中にあっても、一筋の光から眼をそらすことがありませんように。

ルカによる福音 (ルカ19・1-10)
そのとき、イエスはエリコに入り、町を通っておられた。そこにザアカイという人がいた。この人は徴税人の頭(かしら)で、金持ちで あった。イエスがどんな 人か見ようとしたが、背が低かったので、群衆に遮(さえぎ)られて見ることができなかった。それで、イエスを見るために、走って先回りし、いちじく桑(ぐ わ)の木に登った。そこを通り過ぎようとしておられたからである。イエスはその場所に来ると、上を見上げて言われた。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。 今日(きょう)は、ぜひあなたの家に泊まりたい。」ザアカイは急いで降りて来て、喜んでイエスを迎えた。これを見た人たちは皆つぶやいた。「あの人は罪深 い男のところに行って宿をとった。」しかし、ザアカイは立ち上がって、主に言った。「主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施(ほどこ)します。また、 だれかから何かだまし取っていたら、それを四倍にして返します。」イエスは言われた。「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。 人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」


祈りのヒント

イエスに会いたいと願う人が信徒の中に多くいます。しかし、その願いが聞き入れられないのは理由があるようです。ザアカイは背が低いのがその理由でした。しかし彼はそれを超える努力をしてイエスとの出会い、救われます。今私たちに、イエスとの出会いに足りないのは何でしょうか。(毎日の祈りより)

2009-10-11

そういえば、先月「おかえりミサ」へ出かけました

感想は
賛美が結構カジュアル?な感じで,少し驚きましたが、ミサ自体はとても良かったです。
お若い方が多いのかと思いましたが、妙齢?のご婦人方も多くいらっしゃいました。会場はこじんまりしていて、キャンドルの明かりが灯り落ち着いた感じです。
晴佐久神父が「福音を語りましょう」と始めに2度、きりっと、そしてきっぱりとおっしゃったのが、口調とともにとても印象的でした。(私の行った日の感想がこちらのblogにupしてありました→'09.9.19:KARPOS Nouvelle:おかえりミサ)。


ただ、私は多分もう行かないでしょう。

そして、ある部分で、

すとん・・と

収まりがついた気がしています。


     主に感謝、そして晴佐久神父に感謝、共に与った兄弟姉妹に感謝。
     (注:所属教会へはちゃんといっておりんす。CS教師もやってますので御心配無き様)




memo:「おかえりミサ」に関しては、以下のblog記事も参考になさって下さい。

おかえりミサ: POUSTINIA+

2008.5.18 追記このミサが始められた理由ですが、カトリック新聞2008年5月11号や5月17
日のおかえりミサでの神父様のお話によると「弱っている人や事情で所属教会に行けない人が安心してミサにあずかれるように」という意向だそうです。 ...
clara-polano.air-nifty.com/poustinia/.../post_36c9.html -

POUSTINIA+: 「おかえりミサ」2

上記の記事で、「おかえりミサ」が始められた理由を、“高幡教会まで来られない人のために都心部で始まったとどこかで読んだ”と書きましたが、カトリック新聞や今日の神父様のお話では、「弱っている人や事情で所属教会に行けない人が安心してミサに ...
clara-polano.air-nifty.com/poustinia/.../post_0a07.html




市ヶ谷の援助修道会では、毎月第三土曜日『おかえりミサ』があります。午後3時からミサが始まる(4時)まで聖堂で祈りの時間を設けています。どうぞミサの始まるまでの時間を、神さまと静かに過ごす時間としてください。修道院までの地図はこちらをクリック

2009-08-02

"34週間の日々の祈りの「旅」"がリニューアルしていました



"An Online Retreat A 34 week retreat for Everyday Life:オンライン・リトリート"の日本版「34週間の日々の祈りの「旅」」が、先月リニューアルオープンしていました(暫く閲覧出来なくなっていたんですよね)♬
日々の生活の中でイグナチオの『霊操』をもとに祈っていくためのプログラムをイエズス会のルディアント神父のわかりやすい翻訳と解説で紹介。
ちらっと閲覧してみましたが、とても良い感じでした。RSSフィード配信はもちろん、分かち合い等も。これを機に今週の何日からか「旅」に出たいな・・

2009-07-30

聖霊へ祈り



聖霊、あなたのうちにあって、魂の静けさをわたしにください。
あなたの平和の穏やかさで、わたしのうちにある派手さをしずめてください。
あなたへの厚い信頼によって、わたしのうちの不安を落ち着かせてください。
あなたの赦しを得た喜びで、私のうちの罪の傷をいやしてください。
あなたの現存をとらえることによって、私のうちの希望を確かなものとしてください。
滝のように降り注ぐあなたの愛によって、私のうちに愛を満たしてください。
聖霊、私にとって、あなたは、光、力、勇気の泉であることを知っています。
あなたの呼びかけを、もっとはっきりと聴き、
広い心で、あなたに従って行くことが出来ますように。
アーメン。




――ウイリアム・ブラウニング
(seseragi祈りの風景 212 2009/5/15より)

イエス


イエスの名を呼びつめよう
入る息、でる息ごとに呼び続けよう
いきどおりがわいたら
イエスの名で溶かそう
弱くなったら
イエスの名でもり上がって強くなろう
きたなくなったら
イエスの名できれいになろう
死のかげをみたら
イエスを呼んで生きかえろう

――八木重吉(seseragi「祈りの風景」から)





鹿子追記:参考
青空文庫:八木 重吉
個人サイト:つれづれの文庫「八木重吉」

2009-07-23

memo:夕べから思わせられている事

昨日、少佐のblog記事「目カラ片鱗ノ剥落スル事」を読み、引用先の山暮らしのキリストblog記事「主に私の愛を献げること」と(この記事を書きながら、来訪すると目についたので)「愛は分割されてはならない」も読む。

主に自分の持てる愛を100%捧げる事については非常に気になり、夕べも一度起きて黙想してみた(その後、「小さな道」を読みつつ、今まで自分が読んで来たテレーズの書籍にあったことも含め思い出しながら黙想)。

私みたいなものでさえ、主を愛しているかと問われれば「はい(もちろん)」と答えるだろう。

しかし、しかしだ・・。 自己満足で無く、真実、愛を捧げきるとは・・・? また、「100%捧げきり、何も残らない」という状態を想像すればするほどわからなくなってきた。また、この想像は愚かかもしれないとも黙想の途中で何度か思わせられた。 申命記6:4が駆け巡る。 イスラエル人はこの御言葉を反芻したはずだ、現在だって額に小さな箱に入った律法を身につけているくらいだが・・・・。

いったいどうやれば(この事が、真に主の望まれるように、また、主に喜ばれるように)出来るのだろうか? もちろん、これらのことを黙想するのは初めてではない。 今までもいろいろな形で迫られ、突きつけられて来た事だと思う。 単純に解決を見いだせないと、かえって複雑化して、主に信頼しない結果を招いていたのかもしれない。



「私はあなたの他に誰を天に持ちえましょう。 地にはあなたのほかに慕うものはありません」(詩篇73:25)



結局 決心し、祈り、信じるしか無いのだと思わせられる。



主を信頼することであり 主を愛すること




神はあらゆるものを価値あるものとして受け入れてくださいます。私のすべては、人々にとっても神にとっても、とるに足らないつまらないものだと思う時でさえも、神は私のすべてを利用して、私の悲しみ、痛み、失敗、挫折、また、私の喜び、実りなど、私のすべてを世界の人々の救いのために役立たせてくださいます。ですから、自分の仕事や奉仕、生活のすべてを、神にささげる生活が勧められているのです。(「きょうをささげる」とは)

友情の根源は、信頼だと思います。信頼があればあるほど、その友情も深まり純粋なものとなります。相手が男であっても女であっても、この話をすれば、分かっていただけるでしょう。絶対に裏切られることはないという信頼こそ、友情なのです。私のことを、あるいは、むしろ私自身を思ってくれるのは、それは友情のある友人なのです。  友人は異性であれ同性であれ、神の似姿です。(’09年7月-4.信頼と友情)
:きょうをささげるより

2009-07-16

読書memo:目からウロコ キリスト者同士の人間関係

祈りの学校校長・来住英俊神父の「目からウロコ」シリーズの第6弾。
教会共同体における人間関係の対処、つまり、ともに善を行おうとする人同士としての関係をどうしていくべきかを「識別ろ選択」という視点から考える一冊。

もくじ


はじめに
第1章 キリスト者の疲れ
1.キリスト者同士の人間関係
2.「愛」だけでは疲弊する
3.識別と選択
4.教会の疲弊
第2章 自分が選択する
1.「識別」と「選択」
2.選択すると、実行できる
3.決断して実行してこそ、間違いもわかる
4.キリスト者の旅路と祈り
第3章 識別のために考えておくべきこと
1.「神の国」という視野に立つ
2.「神の国」は動いている現実である
3.理想か現実か、ではない
4.自分の内面だけにこだわってはならない
5.「神の業」という言葉
6.独創性
第4章 霊の働きの識別(理論)
1.発想の転換
2.霊とは「他者」である
3.悪霊はいるのか?
4.悪霊は策略を持っている
5.自分の弱点と悪霊
6.悪霊なら仮借なく戦える
7.うわさ、批評
8.会議での発言
第5章 霊の動きの識別(実践)
1.霊の動きを識別する
2.霊動識別の対象
3.感情の味わい
4.悪い霊が自分を動かしている場合
5.善い霊が自分を動かしている場合
6.どいらでもない場合
7.感覚を訓練する
8.過去の経験
9.日々の練習(事後の識別)
10.やってみよう
第6章 神のあわれみ
1.「神の国」において
2.間違っているかもしれない

著者紹介


著者:
来住英俊(きし ひでとし)
御受難修道会司祭
1951年 滋賀県近江八幡市生まれ。神戸育ち。
1975年 電気メーカーに就職した。
1979年 イタリア旅行に参加し、その影響で帰国後、板橋教会を訪れる。
1981年 洗礼を受け、御受難修道会に入会。
1984年 初誓願。
1989年 司祭叙階。
説教や黙想指導の使徒職にたずさわる。
1996年〜97年 イタリアに滞在。そこであるイギリスの会員の言葉“lascuola di preghiera ”つまり「祈りの学校」をヒントとして、信徒と、修道者のための祈りの基礎訓練をする学校「祈りの学校」を、御受難修道会で開く。

著書:
『目からウロコ とりなしのいのり』、『目からウロコ ゆるしの秘跡』『目からウロコ ロザリオの祈り再入門』(女子パウロ会)via shop-pauline.jp

この書籍、私にはとても良かったのでご紹介。
イシドロ・リバス神父の「二人の自分」を読んでいたことも理解を深めるために大きな要因だった気がします。
イグナチオの霊想って、これらから入るととっかかりがつかめるというか、私にもちょっと分かり(「分かる」という表現が適当かは疑問)そうな気もします。
ぐだぐだ小難しくこねくり回していないのもgood!(モノにしていくのは難しいと思いますが)
'06初版とは・・惜しいことをした(まぁ、いつもながらですが「主の時」なんでそか)