2009-02-02

memo:啓蒙では救われない

ちょっとこの↓ことを自分なりに掘り下げたいな・・ということでとりあえずメモ

「こうすればよいとは分かっている」
怠慢ではなく、それが出来ない「どうしようもない」というところに苦悩がある。
「四の五の言わずに」というアプローチではすまされない。
啓蒙は大切な働きだと思うが、それだけでは救われない。

(だからこそ、イエス様が必要)
(当然ながら、一度救われてハイおしまいというのでもない)

4 件のコメント:

Chris Mino Chan さんのコメント...

コメントに書くのには長くなりすぎてしまったので、自分のブログの方に思いをつづってみました。http://ministoryofchrischan.blogspot.com/2009/02/blog-post_7818.html

谷川鹿子 さんのコメント...

レスポンス、ありがとうございます!
読ませて頂きましたよ〜^^

そちらのblogにコメントさせて頂いたことと重複しますが

>>
十字架の贖い。この小切手、受洗した直後の爽快感がすぎさると、紙切れじゃなくて、現金、しかもジャラ銭で受けとってしまった!って気分になることがあります。
<<

うぅーん「ある!ある!」という喩えですねー。

今回のmemoで私が「啓蒙」と書いた事は、いわゆる「弟子訓練」とか「信徒生活とは・・云々・」といった啓蒙のことなんですよ(^^;
なんだか、強い者やそれについていけるある条件(イエス様を信じるだけじゃなくてね)を満たす者だけを対象としているんじゃないかな・・と思わせられることがいろいろありまして・・。

なんだかわかりにくくてごめんなさい!
でも、真摯な姿勢&レスポンスに励まされました。感謝です!

Chris Mino Chan さんのコメント...

僕の兄弟子たちも、同じ思いを抱えているようです。教える、正しい道に導くと力んでしまうと、どうしても聞く側が身をひいてしまいますからね。
悩んでる兄弟信徒との関わりの中でとか、今受講しているコースでの学びを通して感じていることをまとめてみました。http://ministoryofchrischan.blogspot.com/2009/02/blog-post_03.html

谷川鹿子 さんのコメント...

>>Chris Mino Chan さん
ありがとう。読ませて頂きました。
おばあちゃまに本を読んで差し上げて、傾聴なさっているとのこと。素晴らしいと思いました。
傾聴は大切ですよね・・、しみじみ。