2009-02-03

今週はこんなことを心にとめながら祈ってみましょう:「祈りの場」から

2月1日〜7日:「祈りの場」から (鹿子memo:ロマ5:5)
セラピストとして、私は方法論的無神論者であらねばなりません。私は、人々が神を信じることを当たり前とは思いません。神は、私たちに心をくださいました。もし、あなたがその心の健康的な核心に伝えることができるなら、あなたは神を信じることができます。



 私が神の要因を強調しないことを書くと、宗教上の友だちは時々抗議します。そして、私が人々の心の内の健康と自由のために、彼らを助けることができた
ら、私は人々と共に体験する中で、神の要因に信頼をおきます。フロイトは、愛し働く能力としての精神の健康の的確な定義を述べました。人々が再び愛するた
めに、そして人々が相応しい年齢になって、再び働くために、私がこれらの人々を助けることができるなら、そして愛が家庭内で再び流れるように私が助けるこ
とができるなら、神はいます。あなたは、「祈りの場」の張り紙や絵を必要としていません。神がいるからです。


 私の心に留まっている聖書の句とは、神の愛が聖霊をとおして、私たちの心の中に注がれるという箇所です。感情的緊張の中での困難の下
で、重大な問題を抱えている人々、たびたび電話で泣いている人々に対面する時に、それでもなお、彼らは愛によって推し進められているという明確な道を、私
は見出します。


4 件のコメント:

だんな さんのコメント...

この希望は、失望に終わることはありません!

谷川鹿子 さんのコメント...

ありがとう!!ロマ5:5は、わたしも大好きな箇所なんです(^^)

Chris Mino Chan さんのコメント...

愛のない信仰はあり得ませんが、信仰を抜きにした愛はあり得るかもしれません。それでも愚かに付け加えれば、「愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。」

谷川鹿子 さんのコメント...

信仰の(長い)道のりの間に、ふと、愛を忘れてしまう事は往々にしてある、お互いなのかもしれませんね・・・。