2008-04-05

テッド・トリップ博士「親を養い育てる」

(チア・ニュースレター87号)からのメモ(略やボールドは鹿子による)
これは子育てだけじゃなく、コミュニケーション全般に役立つ。
blogのあり方、書き方も大反省させられた。

あなたの子育ての方法は、あなた自身がどのようなコミュニケーションの手段をとるかに表れてくる。
きつい言葉を吐いたり、どなったり、がみがみいったりするなら「支配」に強調をおいた教育法に陥ってしまうだろう。もし、あなたの教育モデルが「養い育て、建てあげていくこと」にあるなら、自制、好ましい言葉、子どもを理解する態度が、コミュニケーションにも表れてくるはずである。

この原稿においてはコミュニケーションの技術的なことについて論じようと思ってはいない。
むしろ信仰に生き、喜びに溢れた神への信頼について心を向けてもらいたい。

抑制のきいた話し方、好ましい言葉の使用、進んで子どもを理解しようとすること、これらは神の知恵を繁栄している。知恵とは、神を恐れる心に基づいたもの。
有益な話し方で子どもに語りかける、こういった質の高さは神聖なものである。これらは、神に対する喜びに溢れた畏怖の念から流れ出てくる。

●会話の手段ー自制

多くの人は「ストレートにありのままを話すこと」にほこりを持っている。しかし、聖書は抑制のきかない話し方(軽率で衝動的な話し方)をほめてはいない。(箴言17:27)

抑制のきいた話し方・・静かで落ち着いた話し方(伝道9:17)

・静かな言葉には力がある。
  静かでない言葉は、言葉のもつ力を失わせ意味は後ろに追いやられ、感情面が前面に出てくる。
・言葉数が多いと言うことも抑制という点では問題。(伝道6:11)
・よく考えた後で、言葉を口にする。(箴言15:28)
  これは言うべきか?
  話すべき最善の時か?
  最も好ましい話し方か?


一度口にした言葉は二度と取り消せない。


●コミュニケーション方法・・好ましい言葉

[心に知恵のある者は悟りのある者ととなえられ、その快い言葉は理解を増し加える]箴言16:21
親切で適切、的確、愛と優しさをもって語る、。
冷たく、意地悪、怒鳴り声、権威的、品のない言葉で語る←喜びに輝き神を恐れる両親が穏やかな自制を持っている態度とはえいない!不安、怒り、支配するという生き方を表してしまう。

適切な言葉を使う(箴言16:23,24)
両親が腹を立て、抑制がきかなくなり、わめきちらすなら、正確な判断などできなくなります。そうなると、結局、何も達成できません。真っ赤な顔で仁王立ちし、子どもをどなるなら、全く愚か者の親であることを子どもたちに納得させてしまうだけ。子どもを「教えない」むしろ教えを破壊してしまう。

●コミュニケーションのゴール・・理解させること

最善のコミュニケーション技術とは、あなた自身の考えを表現する能力ではない。こども達を理解させる能力である。
聖書はこの点をするどく突いている(箴言18:2,18:13,20:5)

自制、好ましい言葉遣い、理解させること・・これらはレベルの高い要求でしょうが、覚えておいて下さい。神は謙る者に恵みをお授けになるのです(ヤコブ4:6-10)

3 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

>抑制のきいた話し方、好ましい言葉の使用、進んで子どもを理解しようとすること、これらは神の知恵を繁栄している。知恵とは、神を恐れる心に基づいたもの。
>有益な話し方で子どもに語りかける、こういった質の高さは神聖なものである。これらは、神に対する喜びに溢れた畏怖の念から流れ出てくる。


これ、本当にその通りですよね。すごく大切なことだと思うので、じっくり思いめぐらせてみたいと思いました。お分ちありがとう!!

Unknown さんのコメント...

テッド・トリップ氏の仰っていることって、本当に何度読んでも深い頷きがあり、・・んー、なんといいますか、やさしく書いて下さっているのですが、個々で信仰によって噛みしめないとわからないというところがあるんですよね。

つまり「求めるモノ」にしか、神髄はわからない・・っていう感じかな。

でも、柔和であり、権威的ではなくて・・・とタイプして、ああ、氏そのものだし、主の教え方そのもじゃないか・・と気がつきました。

ああ、こちらこそ、私へ拙い分かちへのレスポンスとこのタイミングに感謝します!

Unknown さんのコメント...

>>やさしく書いて下さっている

これは、誤解を招きますね。ごめんなさい!
書き方の問題で、書かれていることの実際を行うのは極めて難しいですよね〜。

しかし、わたしたちにはキリストがおられますね^^
ここにも気づきを下さる、氏に感謝です!