2008-04-25

お知らせ

blogは、このところちょっとお休みしています。

プライバシーの関係で過去ログの整理の必要があり、一時的に
blog全体を非公開にしていましたが誤解を招くメッセージが
表示されてしまうため、手動で記事をひとつづつより分けて
非公開にすることにしました。

非公開になってしまった記事にコメントを寄せて下さった方々
には、この場で大変恐縮ですがお礼とお詫びを申し上げます。

2008-04-11

キンキョー

最近、大型のチェーン式聖書を読んでいることや、超個人的な語りかけが多いこともあり、blogに通読記録をするのはちょっとお休み中。
新約は使徒の働きに入った。旧約は引き続き申命とヨブ。

通読は人に見せるためにするのではないけれど、PCで読んでいると「母は今、聖書を読んでいる」と認識されないので、「朝からPC」と記憶されてしまうのは、どうかな・・という思いもあり。

また、CSの準備、信徒文庫のレビュー、バザーの小物関係作り、編み編み(あ、ドライブ編みのストールは完成しました!後で画像アップしたいなぁ)などで時間も一杯一杯気味。

水曜日は雨も上がって、お祈り会へ行く足も守られ感謝。
娘はお友達が園に行くようになったので、子ども一人なのが少し淋しそう。まぁ、すぐに慣れるだろう。
食事、会堂清掃、移動して図書館のお話会へ。スタンプが溜まったので「らくがき帳」をもらえた。塗り絵が欲しかった様でちょっとがっかりしていたので、もらえる感謝を話す。
お話会の前後の空き時間に、お友達になった女の子と楽しそうに絵本を読んだりお絵かきしていた。帰りの買い物でもその親子を見かけて嬉しそう。
結構、自分から声を掛けて友達になろうとするし、遊んでいる様子を観察した感じも、問題ないように思う。

娘、最近は自分から鍵盤の練習をする。
「まねっこの歌」を覚えていて、それを思い出しながら弾くようになった。左でも弾く。調を変えたりもしている。
しかし、「おだて(のせる)」ないとダメなタイプであることに変わりなし・・。

「成長」は6月までのワークを全部やってしまったので、昔の「イラストこども聖書物語(設問つき)」を始めた。引き続き「イエスさまはいつもいっしょ」

絵が少なく、文書の多い幼児向け本が中心になってきたので、読みきかせも結構シンドイ。

カギ編みとレース編みをちゃーんと覚えたくてフェリシモのキットを頼んでみた。本当は棒編みのキットも・・と思ったのだけれど、それはシーズンが終わってしまった?らしい。早く来ないかなぁ。

まぁ、こんなとこ(なので元気にしてます^^)。

2008-04-07

橋下知事、人間国宝・竹本住大夫さんと対面、恐縮
この記事、なんだか目についてクリック。興味は記事の内容と言うよりも、竹本住大夫(83)さん。
以前、NHKの何かの番組で、文楽について熱く語っておられた竹本住大夫さんが忘れられない。とにかく好きで好きでたまらないから、いろいろなことに耐えてこの道に入った・・略していえばこういうことを話されていたのだが、その「好きで好きで」と若々しく語っているところに、とても引きつけられた。何故か魂レベルで、もの凄く共鳴したのである。

竹本さんは、文楽の方だが、私は中高生のころから歌舞伎が好きで、TV中継・放映などはよく見た。
あるとき、何故、私は歌舞伎が好きなのかを思い巡らせてみたことがあったのだが、どうも歌舞伎の演目そのものよりも、それは「目的を持って生きてきた人達」の魅力にあるようだった。梨園と呼ばれる世襲制の世界、幼い頃から自分の行くべき道を知って育てられた人々。彼らの醸し出す独特の落ち着きある雰囲気。実は私はこういったところに、無性に憧れたようなのだ(ちょっと詳細をはしょり過ぎかな・・、まぁメモということでお許し下さい)。

収まるべきところへ収まりたい思い。
とっても付けたように思われるかも知れないが、やはり空洞を埋めたい思いがあったのだとも思う。

収まるべきところに収まることができたのを感謝しよう。
心からの深い安息に感謝しよう。
そして、それを与えて下さった方を感謝し、その為にこそ働こう。

竹本さんのように、いつまでも熱くいたい。熱くいたい。
Matthew 27:32-66; Deuteronomy 7-8; Job 7
・また、そこには遠くの方から見ている女たちも多くいた。彼らはイエスに仕えて、ガリラヤから従ってきた人たちであった。

・あなたはあなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は地のおもてのすべての民のうちからあなたを選んで、自分の宝の民とされた。 7主があなたがたを愛し、あなたがたを選ばれたのは、あなたがたがどの国民よりも数が多かったからではない。あなたがたはよろずの民のうち、もっとも数の少ないものであった。 8ただ主があなたがたを愛し、またあなたがたの先祖に誓われた誓いを守ろうとして、主は強い手をもってあなたがたを導き出し、奴隷の家から、エジプトの王パロの手から、あがない出されたのである。

・・・・それはあなたを苦しめ、あなたを試みて、ついにはあなたをさいわいにするためであった。

・あなたは心のうちに『自分の力と自分の手の働きで、わたしはこの富を得た』と言ってはならない。

・それゆえ、わたしはわが口をおさえず、わたしの霊のもだえによって語り、わたしの魂の苦しさによって嘆く。

2008-04-05

ナルニアのポップアップ絵本


ピーターと握手してから書店に入ると、なんと、ナルニアのポップアップ絵本が!
紙の魔術師ロバート・サブダによるポップアップ絵本 『ナルニア国物語』 日本語版発売!!とのことだった。
やっぱり訳は中村妙子さんだよ。うん!
書店で閲覧様に出してあったのは英語版だったので、訳の文章の感じを実際に読んだわけではないんですけれどね・・(^^;
この絵本の特徴は、ナルニアの誕生から滅亡までの7場面が全部入っていること。
さすが、紙の魔術師ロバート・サブダ!(不思議の国のアリスも最近でましたっけね)素晴らしいです!
どんな感じかは、岩波のサイトでご覧下さい(スクロールすると仕掛けの画像の一部が見られます)。

わたしのすきなせいくはなんだとおもう?

わたしのすきなせいくはなんだとおもう?

娘が聞いてきた。
いやぁー、嬉しいなぁ、こういう質問。
今までの暗唱聖句をいろいろあげて見る(って、たいしてやっていませんが)も違うらしい・・

あのね「わたしのめにはあなたはこうかでたっといだよ」

え?それ、やってなかったよねぇ。(この聖句はあまりにも日本人好みというか、日本のキリスト教媒体では良く目にするので、敢えてやらなかったのだ)
こんなにべったりと一緒にいても知らないうちに目に入っているんだなぁ・・・。で、やっぱりこの5歳児も「好き」だというのだ。

んー、アタシがひねくれ者だと言うことがよくわかりますなぁ。

「おかぁさんは、せいしょのどのかしょがいちばんすき?」

イザヤ40:11を読む(いやぁ、でも一つを選ぶのは大変だったので、他にもいくつかあげたのだけれど、この時、聖書を開いて一緒に読んだ箇所はここだけ)。

そして、娘が産まれて間もない頃のことを話した。その時、どんなにこの聖句に慰められ励まされたかも・・。

「イエスさまは、本当に優しい羊飼いだよね」

赤ちゃん時代の話が好きだからでもあるけれど、聞きながら、娘は嬉しそうだった。


「せいしょって、ヨハネさんとかがイエスさまのいったことをメモしたものかとおもってた」

そうかぁ。
旧訳もそれなりに読んできたつもりだったけれど、こういう認識だったんだね・・。

で、律法や預言書などについてもちょっと話す。


こういうのがバイスタなんだよね。

テッド・トリップ博士「親を養い育てる」

(チア・ニュースレター87号)からのメモ(略やボールドは鹿子による)
これは子育てだけじゃなく、コミュニケーション全般に役立つ。
blogのあり方、書き方も大反省させられた。

あなたの子育ての方法は、あなた自身がどのようなコミュニケーションの手段をとるかに表れてくる。
きつい言葉を吐いたり、どなったり、がみがみいったりするなら「支配」に強調をおいた教育法に陥ってしまうだろう。もし、あなたの教育モデルが「養い育て、建てあげていくこと」にあるなら、自制、好ましい言葉、子どもを理解する態度が、コミュニケーションにも表れてくるはずである。

この原稿においてはコミュニケーションの技術的なことについて論じようと思ってはいない。
むしろ信仰に生き、喜びに溢れた神への信頼について心を向けてもらいたい。

抑制のきいた話し方、好ましい言葉の使用、進んで子どもを理解しようとすること、これらは神の知恵を繁栄している。知恵とは、神を恐れる心に基づいたもの。
有益な話し方で子どもに語りかける、こういった質の高さは神聖なものである。これらは、神に対する喜びに溢れた畏怖の念から流れ出てくる。

●会話の手段ー自制

多くの人は「ストレートにありのままを話すこと」にほこりを持っている。しかし、聖書は抑制のきかない話し方(軽率で衝動的な話し方)をほめてはいない。(箴言17:27)

抑制のきいた話し方・・静かで落ち着いた話し方(伝道9:17)

・静かな言葉には力がある。
  静かでない言葉は、言葉のもつ力を失わせ意味は後ろに追いやられ、感情面が前面に出てくる。
・言葉数が多いと言うことも抑制という点では問題。(伝道6:11)
・よく考えた後で、言葉を口にする。(箴言15:28)
  これは言うべきか?
  話すべき最善の時か?
  最も好ましい話し方か?


一度口にした言葉は二度と取り消せない。


●コミュニケーション方法・・好ましい言葉

[心に知恵のある者は悟りのある者ととなえられ、その快い言葉は理解を増し加える]箴言16:21
親切で適切、的確、愛と優しさをもって語る、。
冷たく、意地悪、怒鳴り声、権威的、品のない言葉で語る←喜びに輝き神を恐れる両親が穏やかな自制を持っている態度とはえいない!不安、怒り、支配するという生き方を表してしまう。

適切な言葉を使う(箴言16:23,24)
両親が腹を立て、抑制がきかなくなり、わめきちらすなら、正確な判断などできなくなります。そうなると、結局、何も達成できません。真っ赤な顔で仁王立ちし、子どもをどなるなら、全く愚か者の親であることを子どもたちに納得させてしまうだけ。子どもを「教えない」むしろ教えを破壊してしまう。

●コミュニケーションのゴール・・理解させること

最善のコミュニケーション技術とは、あなた自身の考えを表現する能力ではない。こども達を理解させる能力である。
聖書はこの点をするどく突いている(箴言18:2,18:13,20:5)

自制、好ましい言葉遣い、理解させること・・これらはレベルの高い要求でしょうが、覚えておいて下さい。神は謙る者に恵みをお授けになるのです(ヤコブ4:6-10)
今朝の通読箇所:Matthew 26:47-75; Deuteronomy 3-4; Job 5
・「キリストよ、言いあててみよ、打ったのはだれか」
・それゆえ、あなたがたはみずから深く慎まなければならない。ホレブで主が火の中からあなたがたに語られた日に、あなたがたはなんの形も見なかった。 16 それであなたがたは道を誤って、自分のために、どんな形の刻んだ像をも造ってはならない。
・見ることも、聞くことも、食べることも、かぐこともない木や石の神々に仕えるであろう。

しかし、その所からあなたの神、主を求め、もし心をつくし、精神をつくして、主を求めるならば、あなたは主に会うであろう。 30 後の日になって、あなたがなやみにあい、これらのすべての事が、あなたに臨むとき、もしあなたの神、主に立ち帰ってその声に聞きしたがうならば、 31 あなたの神、主はいつくしみの深い神であるから、あなたを捨てず、あなたを滅ぼさず、またあなたの先祖に誓った契約を忘れられないであろう。

あなたにこの事を示したのは、主こそ神であって、ほかに神のないことを知らせるためであった。 36 あなたを訓練するために、主は天からその声を聞かせ、地上では、またその大いなる火を示された。

・わたしは愚かな者の根を張るのを見た、/しかしわたしは、にわかにそのすみかをのろった



ヨブが族長時代に生きていた者であったとしても「ヨブ記が族長時代に書かれたということを意味しない」

2008-04-04

三浦綾子作品、最後の単行本化:したきりすずめのクリスマス


三浦綾子作品:最後の単行本化、今夏、チアにっぽんから刊行予定です。

三浦文学の神髄を誰にでもわかる「舌切り雀」をベースに童話化!人間はいかに生きるべきか、どきりとするエンディング・渾身の一作とのこと。

三浦綾子全集(主婦の友社刊行)にはタイトル作品として収蔵されているのに、(約90作品の中で唯一)単行本化されていなかった幻の作品。

絵はみなみななみさん、アーデン・ルイスさんによる英文付きで、定価1470円(税込み)
あとがきは、ご主人の三浦光世さん、推薦の言葉は星野富弘さん。

「心にしみとおる物語を幼い魂に」 三浦綾子
・・わたしはやはり、もっともっとこどもたちによい童話を与えてやりたい。特に心にしみとおる物語を幼い魂に与えてやりたい。
よく「時代が違う」とか「いまのこどもたちはそんなものは好まない」などと聞くのだが、こどもたちの魂は大人が考えているより、はるかに柔らかく、みずみずしく美しい事を吸収できるものなのだ・・


以上、チア・コンベンションパンフレットより

2008-04-03


昨日、書店から電話があり、かがくのともを受け取りに行くと4,5月号、両方を渡された。そういえば、先月は電話が来なかったっけ・・。こどものともから変更したので忘れていたのかな?
4月号が「かたばみ」(わたしのblog画像ではわかりにくいので、興味のある方はこちらもご覧下さい)についてだったので、娘はさっそく探して歩く(待ちきれなくて、途中で読んだのだ)。
このよく見かけるこのクローバーもどき?ハートの葉っぱ草花の名前が「かたばみ」っていうなんて、恥ずかしながら私は今までしらなかった!
そして他にも興味深いこと(酸っぱいということや、昔は銅を磨いていたこと、種や根っこの形状などなど)が子どもにわかりやすい絵とともにいろいろ書いてる。
こういうのって、こなふうに提供してもらわないと、なかなか調べる題材としても扱わないだろうし、これほど調べないだろうし、子どもにわかりやすく教えてあげるのも難しいだろうし・・、やっぱり「かがくのとも」に替えて良かった。年齢的にも理解力が増して詳しく知りたいという興味も湧いてきているのでちょうど良かったようだ。

途中で、雑貨屋さんというか・・多分、小物作家さんの作品を集めたお店かな、を見つけて入ってみる。
ショーウィンドウ越しに、麻紐編みbagが見えたしね!
なかなかおもしろい品揃え、お店の方もとても感じが良くて、娘なんぞは椅子を貸して頂き、声を出して「かがくのとも」を読みまくる(すみません・・)。
作家さんが、使い切れない布地も放出されていて、これがお買い得!!結構mもあるのに安かった〜!(この辺りでは考えられないお値段)
麻紐bagも結構なお値段だったけれど、あの労力をしっているからなぁ。それに素材もグレードの高いものを使っていらっしゃるようで、臭いもなかった。
このお店でも「かたばみ」のお話で盛り上がって、「カタバミっていう名前、忘れないわ!」とお店の方がおっしゃったのが娘はとても印象的だったらしく、帰ってから何度も「あのおねえさん、かたばみっていうなまえをわすれないわ!っていっていたねー」と嬉しそうに話す。

帰ってから、web検索をすると、かたばみは家紋にも多く使われているんだねー。
優雅な形状からか古来から人気があり、文様としては平安、鎌倉時代から車や輿に多く用いられていたそうです。へぇー!そうえいば、こういう紋は見たことがありますねぇ。

毛糸を扱っているお店も探索。
この他にもあれも書こう、これも書こうと思っていたのだけれど・・、なかなか書けないものですね。


通読メモ:Matthew 26:1-25; Numbers 35-36; Job 3
・さて、除酵祭の第一日に、弟子たちはイエスのもとにきて言った、「過越の食事をなさるために、わたしたちはどこに用意をしたらよいでしょうか」。

・あなたがたは、その住む所の地、すなわちわたしのおる地を汚してはならない。主なるわたしがイスラエルの人々のうちに住んでいるからである

・かしこでは悪人も、あばれることをやめ、うみ疲れた者も、休みを得、 捕われ人も共に安らかにおり、追い使う者の声を聞かない。

2008-04-01

一日中、工作をしていた気がする(お天気だったのに・・)。
いろいろ調べて、「を!これはいいなぁ」と思っても、実際に作ってみないとわからないねぇ。
制作過程で「あ、これはあのこたちには、まだ無理だ」というのが出てくる。
娘は、大喜びだったが(工作大好きなので)、ちょっとうるさすぎて、途中で感情的に怒ってしまう。
ずっと家にいて、溜まっているものもあったんだろうなぁ。ごめんね。朝のうちにH公園まで連れて行ってもらっていて感謝。

なんというか、私もこのところちょっとイライラ気味だ。


通読は昨日からヨブ記がはじまる。雅歌の次ってのがなんとも・・。ただ、今、読みたくなっていたので感謝。

シンプルかぁ。
「ただ、主を見あげていることですよ」・・これもシンプルな言葉だよね。
この言葉で傷つくことも多いなぁ。どういう心でこう言っているか。
シンプルという言葉の陰に隠れて・・じゃなくて、シンプルに心を尽くし精神を尽くしだよね。
バランス。

民数記でメモした箇所(下記参照)から、マタイの以下のところを思い出した。
弟子たちは言った、「もし妻に対する夫の立場がそうだとすれば、結婚しない方がましです」。
するとイエスは彼らに言われた、「その言葉を受けいれることができるのはすべての人ではなく、ただそれを授けられている人々だけである。

夫って大変なんだよなぁ・・。
神様が、「夫」に期待されていることは大きいのだ。

「あなたがたの子育てについて、神様の前で責任が問われるのはご主人なのですよ」と、テモテ・コールさんがおっしゃったのが忘れられない。
けれども、民数を読むと、「子育て」だけではなく、「妻」についても神様の前で夫が責任を問われるのだと言うことがわかる。

(と、ここまで書いて、突如、夫に謝るアタシ・相変わらず単純、学んでも育まれていないし・汗)

創造のはじめから、助け手として造られたわたしたち。主は、私たちが「勝手に」することを喜ばれない。注:もちろん、私たちは自由なのだけれど。

思慮も浅いしなぁ。

「油」を、聖霊だと解釈する方もいらっしゃるけれど・・。ここはやっぱり「備え」とか「心構え」「生活姿勢」の例えだよなぁと思う鹿子であった。

ロイドジョンズの「旧約聖書から福音を・・」とか、ヤンシーの「祈り」で検索されて訪問ということがあるっぽい・・。まずいなぁー、ろくに感想も書いてないのに・・申し訳ない。
やっぱりbloggerだとgoogleでヒットしやすいのかな?困るー。かといって、まったくヒットしないように設定するの証にならんし・・。



今日の通読箇所:Matthew 25:1-30;Numbers 30-31;Job 1

・思慮の浅い女たちが、思慮深い女たちに言った、『あなたがたの油をわたしたちにわけてください。わたしたちのあかりが消えかかっていますから』。

しかし、もし夫がそれを聞いた日にそれを認めないならば、彼女の誓願、または身の物断ちについて、彼女が口で言った事は、すべてやめることができる。夫がそれを認めなかったのだから、主はその女をゆるされるであろう。 もし夫が彼女に何も言わずに日を送るならば、彼は妻がした誓願、または物断ちをすべて認めたのである。彼はそれを聞いた日に妻に何も言わなかったのだから、それを認めたのである。 しかし、もし夫がそれを聞き、あとになって、それを認めないならば、彼は妻の罪を負わなければならない」

・すべてこの事においてヨブは罪を犯さず、また神に向かって愚かなことを言わなかった。

「となりびと」始まってます^^

るーるる、るるる、るーるるー…


??????????

・・・て・・徹子の部屋のオープニングだったのか・・・。
相変わらず、しょんぼりクンはツボだ(笑

あきとしクン、ハセくんもお元気そうで何よりです、あ、ロンさんも♪
みなさま頑張ってくださ〜い。

webマガジンとなりびとの祝福をこっそりお祈りしいています。

ららら、らぁーらーらーらー、らぁららー、るーるるーるぅ〜


スッピン画像でスマソ・・ピンぼけでヨカタヨ(苦笑

「私は日に焼けて色が黒いのです」


ドライブ編み・・飽きてきた・・(しかもやっぱし似合わないぢゃん・・涙)