2010-11-08

クロノスとカイロスにつて調べる(未完です:経過メモ)

鹿子の集う教会では、現在、テサロニケ書の連講中です。
昨日は、1テサ5:1−11

1テサ5:1 
兄弟たち。それらがいつ(クロノス=時代)なのか、またどういう時か(カイロス=時点)については、あなたがたは私たちに書いてもらう必要がありません。

昨日の説教の中での↑箇所から、そういえば何年か前に野村祐之先生がクロノスとカイロスについて、大変興味深い事を語っておられたこと(「神の受肉については「私たちのためにクロノスの中で生きて下さった」とおっしゃり、カイロスと並べて語って下ったり・・・。」とメモしていたのだけは発見)を思い出した。

で・・

そのmemoを検索したが・・・・無い・・・orz

(しかし、ライフプランニングセンターの「スピリチュアル・ペインと向かい合うケア 野村祐之」 というテキストに関してはリンク先を見つけられたので、memoとしてURLを残しておきます)

悔しいなぁ。
あの頃、EverNote使っていたらなぁ。

暫し落ち込むも、めげずに他をあたる。

Good News Collectionという、カトリックの信仰者で教員の方のblog記事「カイロスとクロノス」が心に止まったのでmemo。以下に一部を引用させて頂きます。
カイロスは「ここぞという好機」を意味し、クロノスは「流れゆく時」を意味するのだそうだ。(太字は鹿子による)
語源はともに、ギリシャ神話の神々の名前である。カイロスは、もともとは「切断する」という意味の言葉から由来し、ゼウスの末子で前髪は長いが後ろははげた美少年で表されているという。クロノスはもともとは川の流れを司る神であったようである。
岩波の「哲学思想辞典」にとてもよい解説があった。それによるとカイロスは「宿命あるいは神意によって配列され、人間には決定的応答を要求する時」なのである。言い換えると神の摂理(計画)によって与えられた人間の応答を求める時である。
マルコ福音書では、イエスの洗礼のあとに、イエスはガリラヤにいき、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1章15節)と述べられたとある。このときがまさに「カイロス」なのである。カイロスは「満ちる」とか「熟す」とかいうものであろう。
そして人間の応答を求める。まさに「好機到来」なのである。
また旧約の「コヘレトの書」の3章には
「何ごとにも時があり、
天の下の出来事にはすべて定められた時がある。
生まれる時、死ぬ時、植える時、植えたものを抜く時……………。」
という箇所がある。これは旧約なので、ヘブライ語で書かれてはいるが、ギリシャ語に訳された時は「カイロス」と訳された。
  Good News Collectionさんもその後、移転なさったようだ。移転先にも興味深い記事を見つけたので感謝。


その他にも、クロノスとカイロスで検索してみるのは興味深かった。
また、何かメモしておくかも知れない。


しかし、昨日の説教での中心聖句は

 ですから、ほかの人々のように眠っていないで、目をさまして、慎み深くしていましょう。
(第一テサロニケ5章6節)


*慎み深く・・・は、落ち着いていること。

ここでの覚醒と言うことは、霊的な意味での覚醒です。「目を覚まして」の前には、「眠らないで」としるし、それに続いては「慎み深く」と言う言葉が使われていることに注目しましょう。「眠る」とは、キリストの再臨への無関心を示します。「酔う」とは、無責任な行動を示します。「目を覚ます」とはそれに対比して、注意深く、待ち望む心を持つことです。「慎み深く」とは、精神的に落ち着いた気持ちの事で、主の再臨が近いと言う思いから、舞い上がって日常生活が手につかなくなるようなことから守られるべき事を示唆しています。(教会HPの最新の礼拝ノートより)

3 件のコメント:

littlemission さんのコメント...

ども。みっしょんです。お久しぶりです―。
goodnews氏は私のお友達なのですよー。今度教えておきますね。喜ぶでしょう。
さて、クロノスとカイロスは大学の美学の授業でとっても面白かった記憶があります。クロノスは、もうひとつ、死、というニュアンスがあるということ。運命とか、いわゆる流れゆく時間。それに対してカイロスは向こうから走ってくるもの。チャンス。でも前髪をつかまないと彼は走り去ってしまう。あとからつかもうとしても後頭部は毛がない!
美的体験というのは一瞬のもので、カイロスを捕まえるようなものだ、という話でした。
関連して、昨年のクリスマス説教で、某牧師先生が、アドベントには待つ、と言う意味のほかに、向こうからやって来る、という意味もある、とおっしゃっていたのを思い出します。まあ、これは一瞬のことではないけれど、流れに身を任せるということに対極的な姿勢が同じ「時」とか、「待つ」という言葉に含まれているというのは示唆的ですよね。

谷川鹿子:psalm42 さんのコメント...

っしょんさん、コメントありがとうございました。
こちらこそ、お久しぶりですー(^^;

をを!お友達でいらっしゃいましたか〜!
goodnewsさんのblogは、結構前から、ちょこちょこ閲覧ささせて頂いています。幅広い知識と興味、いつも感心&触発させて頂き、感謝しておりました。

みっしょんさんの受けられた美学の授業のお話も興味深いです。

カイロスは向こうから走ってくるものって、いいですねー。
そういえば、子どもの頃、前髪しか無い「幸運のお人形」とかいうのを頂いたことがありましたっけ。

アドベント、このラテン語に由来する言葉の本来の意味は、「到着する」ということ・・・と、山谷少佐も語っておられましたっけ・・

>>
流れに身を任せるということに対極的な姿勢が同じ「時」とか、「待つ」という言葉に含まれているというのは示唆的ですよね。
<<

ここ数年来「白黒はっきりさせないこと」ということを色々思わせられることが多かったことを、また思い出しました。
グレーゾーンというとちょっとずれるかもしれませんが、そういうところに神様はお働きになることを思わせられることが多かったのです。
そして、それを思うことは大切な事だったな・・・と。

また「気づき」を頂けたことも、主のタイミングのような気がしています。
ありがとうございました^^

谷川鹿子:psalm42 さんのコメント...

あ・・「み」が切れてしまっていますね・・大汗

みっしょんさん、ごめんなさい!

身も蓋もありませんわ・・・(って、オヤジギャグってどうする・・鹿よ)

大反省!