2009-10-13

藤掛 明先生の「専門家向けではなくオープンな一般向け」講演があるようです!'09年10月22日(木)10:30-12:00

私(谷*鹿)は残念ながら、仕事でありんす(ーー;
でもま、先生ご自身が「幼児や小学校の前半の小さなお子様の理解には、直接お役に立たないように思います。逆に、20歳過ぎの困ったお子様の理解などには、意外にヒントがあるかもしれません。」と明記して下さっておりますので・・(^^;

都合のつく方には、貴重で良い機会では?託児ありですし!!

母と子を守る会

以前、このブログ(注:「おふぃす ふじかけ」)に、私の一般向けの講演がないのか、との問い合わせをいただいた。
そういわれると、オープンな、かつ一般向けの講演というのは、ある時期からぱったりしなくなった。というより、そもそも私は講演家ではない。だから、ときおりする講演は、なるべく専門家向けであったり、あるいは一般向けでも継続講座(クローズド)であったりするものを選ぶように変化してきたのだと思う。
ところが、昨年、職場のボスからの直接の打診で、思わず引き受けた一般向け講演が久しぶりに間もなく開催される。…と、もったいつけたうえで、最近、そのチラシが送られてきたので、ここで宣伝したい。



講演の概要
*演題:「子どもの背伸びと息切れの心理」
*講師:藤掛明
*日時:2009年10月22日(木)10:30〜12:30
*会場:富士見町教会(2階ホール)
▼東京都内。JR飯田橋駅(西口)左向かいすぐ→地図
*主催:「母と子を守る会」 (委員長は、富士見町教会牧師の倉橋康夫先生)
*無料、託児あり、駐車場なし。
*予約不要。
チラシに載せた私のメッセージ
*私たちは、子どもが頑張ることを期待します。しかし、子どもが過剰に背伸びをし、息切れをしていることに、鈍感になっていることはないでしょうか。そうした子どもたちの姿についてご一緒に考えたいと思います。
ささやかな補足
*私は非行カウンセリング実務家出身ですので、思春期、青年期の問題理解に役立つと思います。が、幼児や小学校の前半の小さなお子様の理解には、直接お役に立たないように思います。逆に、20歳過ぎの困ったお子様の理解などには、意外にヒントがあるかもしれません。
*なお、話の内容は、私の定番・背伸びと息切れ論です。またか、という方も。
*クリスチャン団体の主催なので、講演開会に先立ち、(たぶん)賛美歌を歌ったりすると思いますし、私も講演の中で、聖書の人物ネタを少し使うかもしれませんが、いわゆる伝道集会(聖書のお話をし、教会にお誘いすることを目的とするイベント)ではありません。
*お近くの方はお気軽に!

2009-10-12

「白髭のシュークリーム工房」店構えはこんな感じ


店構えはこんな感じ
Originally uploaded by psalm42
とても可愛い作りでした。
娘が照れてしまって、これしか撮れず(&私が携帯を構えている通りは路肩なのですが、自転車等も結構通るので,ご迷惑かなと、遠慮)・・・残念。

肝心のシュークリームについては,下(一つ前)のエントリーをご覧下さいませ。

電話で確認&予約して行きましたが、シューの可愛さ美味しさはもちろん、応対もとても感じが良くて素敵なお店でした。

お店のHPは、こちら→「白髭のシュークリーム工房

買ったのはこのトトロたち

高井戸/浜田山の「白髭のシュークリーム工房」へ行って来ました。


チョコの木の葉は「マロンクリーム」
抹茶色の木の葉をつけているのは「カスタード生クリーム」
帽子のは「抹茶ババロア」

シューはしっかりしていて、クリームはずっしりたっぷり!!
娘(あ、主人もですね)は大喜び^^

2009-10-11

そういえば、先月「おかえりミサ」へ出かけました

感想は
賛美が結構カジュアル?な感じで,少し驚きましたが、ミサ自体はとても良かったです。
お若い方が多いのかと思いましたが、妙齢?のご婦人方も多くいらっしゃいました。会場はこじんまりしていて、キャンドルの明かりが灯り落ち着いた感じです。
晴佐久神父が「福音を語りましょう」と始めに2度、きりっと、そしてきっぱりとおっしゃったのが、口調とともにとても印象的でした。(私の行った日の感想がこちらのblogにupしてありました→'09.9.19:KARPOS Nouvelle:おかえりミサ)


ただ、私は多分もう行かないでしょう。

そして、ある部分で、

すとん・・と

収まりがついた気がしています。


     主に感謝、そして晴佐久神父に感謝、共に与った兄弟姉妹に感謝。
     (注:所属教会へはちゃんといっておりんす。CS教師もやってますので御心配無き様)




memo:「おかえりミサ」に関しては、以下のblog記事も参考になさって下さい。

おかえりミサ: POUSTINIA+

2008.5.18 追記このミサが始められた理由ですが、カトリック新聞2008年5月11号や5月17
日のおかえりミサでの神父様のお話によると「弱っている人や事情で所属教会に行けない人が安心してミサにあずかれるように」という意向だそうです。 ...
clara-polano.air-nifty.com/poustinia/.../post_36c9.html -

POUSTINIA+: 「おかえりミサ」2

上記の記事で、「おかえりミサ」が始められた理由を、“高幡教会まで来られない人のために都心部で始まったとどこかで読んだ”と書きましたが、カトリック新聞や今日の神父様のお話では、「弱っている人や事情で所属教会に行けない人が安心してミサに ...
clara-polano.air-nifty.com/poustinia/.../post_0a07.html




市ヶ谷の援助修道会では、毎月第三土曜日『おかえりミサ』があります。午後3時からミサが始まる(4時)まで聖堂で祈りの時間を設けています。どうぞミサの始まるまでの時間を、神さまと静かに過ごす時間としてください。修道院までの地図はこちらをクリック

2009-10-10

進化のプロセスを通じて神が働いておられること

ちょっとメモ。
twitterで、はちこさんが下記の様なtweetをしておられ、アヤラの書籍にあった以下の様なところを思い出した。

@mmesachi: 私は、宇宙の創造と、人の霊的形成(変容)にはパラレルなものがあると思う。神が瞬時にして宇宙を創造することはもちろん可能だったが、あえて長いプロセスを取ることを選ばれた。人の霊も、瞬時に造り変えるのでなく、敢えて長いプロセスを通ることを選ばれた


科学的知識は、宗教的信仰と矛盾するはずが無い。なぜならば科学は、啓示、宗教的現実、あるいは宗教的価値を指示する、あるいは反対する言葉を、何も持っていないからである。

全米科学アカデミーは、同じく次のように主張する。「ユダヤ教ーキリスト教の枠内で、多くの人々が、進化のプロセスを通じて神が働いておられることを信じている。
すなわち神は、絶えず変化している世界と、それを通じて長い時間に被造物が環境的変化に適応できる仕組みとの、両方を創造された*」。生物学者ケネス・R・ミラー、カトリック神学者ジョン・F・ホート、英国国教会司祭の生物学者で神学者のアーサー・ピーコック、および多くの他の神学者や宗教的著作作家は、神が進化のプロセスを通じて働く、と実際に信じている**。

アウグスティヌスは、すべての事物が神に依存するが、しかしまた、異なった意味で、自身の直接的原因、つまり遠い創造的原因に依存する、と主張した。「同じくアウグスティヌスは、それ自身の特定の現実、つまり世界のなかの神の原因的活動から区別される現実を、原因が創造された世界に与えようとした***」。

しかしながら、あるキリスト教徒たちは、進化論や科学的宇宙論を、創造の聖書物語に反していると考える。これらの信仰者は、自分たちの聖書解釈に基づいて、このような確信を持つ権利をもちろん与えられている。

けれども私は、「創世記」が宗教的啓示や宗教的教えの著作であり、天文学あるいは生物学の論文ではない、と断言したい。

その宗教的教えと同様に、世界に関してなされるすべての歴史的言及や叙述的言及は、聖書のなかで文字通りに理解すべきであると主張する人々は、聖書のなかに見られる矛盾した言明、つまり私が前に指摘したような「創世記」における二つの矛盾した創造物語、あるいは地球の周囲を回転する太陽といった誤った言明に関して、克服出来ない障害に遭遇する。
 
それゆえ私は、始めにここから出発した以下のような簡単なメッセージを繰り返すことによって、この著作を閉じたい。すなわち、神が世界を創造したことと同時に、諸惑星、山々、植物や動物が、自然的プロセスによって、最初の天地創造の後に、生まれたと信じることは可能である。真理が、真理に反することはあり得ない。宗教的信仰者は、現代科学の素晴らしい業績のなかに、信仰への脅威ではなく、神の栄光の現れを見るべきである。
 
フランシスコ・J・アヤラ著「キリスト教は進化論と共存出来るか?」藤井清久訳/教文館 より
注・・引用するにあたって段落等をblogで読みやすいように多少変えてあります。またボールドは、谷川鹿子によります。


* National Academy of Sciences, Teaching about Evolution and the Nature of Science
**Kenneth R. Miller, Finding Darwin's God; A Scientist's Search for Common Ground btween God and Evolution(この辺りの注は敢えてここに出さなくてもいいかな・とも。以下はまた後で気が向いたらメモしておきます)
***